ハービー・ハンコックの名盤を聴いてみたいと思っても、アコースティックジャズからファンク、電子音楽、ヒップホップとの接近、ボーカル作品まで作風が大きく変化しているため、どのアルバムから選べばよいのか迷う人は少なくありません。
代表作として頻繁に名前が挙がる『Maiden Voyage』と『Head Hunters』だけを比べても、前者は静かな緊張感をたたえたモダンジャズであり、後者は身体を動かしたくなる重いグルーヴを中心に据えたジャズファンクなので、同じ音楽家の作品とは思えないほど印象が異なります。
しかし、この振れ幅は方向性が定まっていない結果ではなく、その時代に生まれた新しいリズム、楽器、録音技術、若い世代の感覚を取り込みながら、自分の作曲語法と即興演奏を更新し続けてきた証しであり、作品同士をつなげて聴くことでハービー・ハンコックならではの一貫性も見えてきます。
ここでは、公式ディスコグラフィーで発表年やレーベルを確かめられる主要作品から、初心者の入口になりやすい一枚、演奏の奥深さを味わえる一枚、電子音楽への探究が伝わる一枚を厳選し、特徴、聴きどころ、向いている人、選ぶ際の注意点まで具体的に紹介します。
ハービー・ハンコックの名盤おすすめ8選

最初に聴く候補として特におすすめしたいのは、1960年代のブルーノート作品、1970年代のエレクトリック作品、1980年代以降のジャンル横断的な作品をバランスよく選んだ次の8枚です。
知名度だけで順位を付けるのではなく、作曲家としての個性、ピアニストとしての魅力、バンドの完成度、後世への影響、現在聴いても新鮮に感じられる音作りという複数の観点から候補を選んでいます。
すべてを発表順に聴く必要はないため、静かなモダンジャズ、踊れるジャズファンク、実験的な電子音楽、歌を生かした現代的なジャズなど、自分が普段好んでいる音に近い作品から入り、気に入った時代の前後へ広げる方法が現実的です。
Maiden Voyage
1965年にブルーノートから発表された『Maiden Voyage』は、ハービー・ハンコックの名盤を初めて一枚選ぶ人に最も勧めやすい作品であり、美しい旋律、開放感のある和音、適度な緊張を含む即興演奏が無理なく一つにまとまっています。
フレディ・ハバード、ジョージ・コールマン、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスという強力なメンバーが参加し、海を題材にしたタイトル曲をはじめ、「The Eye of the Hurricane」「Dolphin Dance」など、情景を思い浮かべやすいオリジナル曲が並んでいます。
タイトル曲では、細かくコードが変わる一般的なハードバップとは異なり、広がりを感じさせるサスペンデッドコードと反復するリズムが演奏の土台になるため、難しい理論を知らなくても、静かな水面の下で音が動き続けるような感覚を味わえます。
派手なピアノソロを次々に聴きたい人には穏やかすぎる可能性がありますが、ジャズの即興演奏がどのように会話を生み、曲の雰囲気を少しずつ変えていくのかを知りたい人には理想的であり、夜の読書や集中したい時間にもなじみます。
Head Hunters
1973年にコロムビアから発表された『Head Hunters』は、ジャズファンクを代表する作品として広く聴かれており、ハービー・ハンコックの名前を知ったばかりの人でも、冒頭の「Chameleon」を再生すれば重いシンセベースと粘りのあるリズムにすぐ引き込まれます。
ベニー・モウピン、ポール・ジャクソン、ハーヴィー・メイソン、ビル・サマーズと組んだ編成は、伝統的なピアノトリオの軽快なスイングではなく、ベース、ドラム、打楽器が作る反復の上で電子鍵盤と管楽器が大胆に色を変えることを重視しています。
初期の代表曲「Watermelon Man」も収録されていますが、ここではアコースティックなハードバップとして演奏されるのではなく、アフリカ系の音色を思わせる声と打楽器を導入した新しいアレンジに変わっており、過去の成功曲さえ現在の感覚で作り直す姿勢が伝わります。
ジャズには難解で静かな音楽という印象を持っている人、ファンク、ソウル、ヒップホップで使われる反復的なビートが好きな人、低音をしっかり再生できる環境を持つ人に向いていますが、流し聴きよりも各楽器の細かな出入りを追うほうが作品の設計を深く楽しめます。
Empyrean Isles
1964年の『Empyrean Isles』は、『Maiden Voyage』より引き締まったハードバップの熱気と、後年の実験的な方向へつながる自由さを一枚で聴ける作品であり、ハービー・ハンコックの作曲能力を早い段階から確かめたい人に適しています。
編成はフレディ・ハバードのコルネットまたはトランペット、ロン・カーターのベース、トニー・ウィリアムスのドラム、ハンコックのピアノというサックスを含まないカルテットで、音数をむやみに増やさず、各奏者の反応が見通しよく聞こえることが特徴です。
有名な「Cantaloupe Island」は覚えやすいピアノリフを持つため親しみやすい一方、「One Finger Snap」では鋭い推進力が前面に出て、「The Egg」では決められた旋律に依存しない長い即興が展開されるので、同じアルバム内でファンク、ハードバップ、自由な演奏を行き来できます。
有名曲だけを聴いて軽快な作品だと判断すると全体の大胆さを見落とすため、最初は曲順どおりに再生し、前半の構築された演奏から終盤の開かれた即興へ景色が変わる流れを意識すると、アルバム単位で聴く価値が明確になります。
Speak Like a Child
1968年の『Speak Like a Child』は、柔らかな旋律と淡い管楽器の響きを中心にした作品であり、『Maiden Voyage』の静かな美しさが好きでも、もう少し室内楽的で温かな音色を求める人におすすめできます。
フリューゲルホーン、バストロンボーン、アルトフルートを独特の組み合わせで配置し、管楽器を長いソロのためだけに使うのではなく、ピアノの和音を外側から包み込む色彩として利用しているため、一般的なジャズのホーン編成とは異なる奥行きが生まれています。
タイトル曲や「First Trip」には口ずさめるほど簡潔な主題がありますが、その下では曖昧さを残した和音と繊細なリズムが動いており、聴きやすさを保ちながら、注意深く聴くたびに別の響きが見つかる構造になっています。
力強いグルーヴや速いアドリブを期待する人には控えめに感じられるものの、落ち着いた音量で何度も聴ける作品を探している人、編曲や和声の美しさに興味がある人、静かな時間の空気を壊さないジャズを求める人には長く付き合える一枚です。
Mwandishi
1971年の『Mwandishi』は、アコースティックジャズの形式から離れ、電子楽器、変拍子、集団即興、アフリカ的なリズム感覚を組み合わせた作品であり、整ったテーマとソロの繰り返しでは物足りない人に向いています。
エディ・ヘンダーソン、ジュリアン・プリースター、ベニー・モウピン、バスター・ウィリアムス、ビリー・ハートらによるバンドは、個人が順番に目立つよりも、全員で音の密度や空間を変化させることを重視し、長い演奏を生き物のように成長させます。
「Ostinato(Suite for Angela)」では15拍を基礎にした反復が粘り強く続き、「You’ll Know When You Get There」では電子処理された鍵盤の響きが浮遊感を作り、「Wandering Spirit Song」では静かな場面から激しい集団即興へ移行します。
旋律をすぐ覚えたい初心者には入口が見つかりにくい可能性がありますが、『Head Hunters』の前にハンコックがどれほど大胆な実験を行っていたのかを知るうえで重要であり、暗い部屋でアルバム全体に集中すると、音響空間を探検するような面白さが際立ちます。
Thrust
1974年の『Thrust』は、『Head Hunters』で完成したジャズファンクの方向をさらに精密で攻撃的な演奏へ発展させた作品であり、有名な前作を気に入った人が次に選ぶ一枚として有力です。
ドラムがハーヴィー・メイソンからマイク・クラークへ替わったことで、ポール・ジャクソンのベースと細かく絡み合う複雑なリズムが前面に出ており、単純な四拍子に聞こえる瞬間でも、アクセントの位置やフレーズの長さが絶えず揺れています。
「Actual Proof」は演奏者が拍の位置を見失いそうになるほど入り組んだグルーヴを持ち、「Palm Grease」は打楽器を含む鋭い推進力を示し、「Butterfly」はベニー・モウピンの柔らかな音色を生かしてアルバムに叙情的な余白を作ります。
親しみやすさでは『Head Hunters』が勝りますが、リズム隊の会話、反復の微妙な変化、シンセサイザーの音色設計まで聴き込みたい人には『Thrust』のほうが深く刺さる場合があり、特にドラムやベースを演奏する人には学べる要素が豊富です。
Future Shock
1983年の『Future Shock』は、「Rockit」の世界的な成功で知られる作品であり、ジャズピアニストという枠にとどまらず、スクラッチ、ドラムマシン、サンプリング的な発想、映像文化を取り込んだハービー・ハンコックの先見性を示しています。
ビル・ラズウェルとマイケル・バインホーンを中心とする制作チームやグランドミキサーD.STらが関わり、バンドが同じ部屋で一斉に演奏する従来型の録音とは異なる、スタジオで音を組み立てていくプロダクションが大きな役割を担っています。
ピアノの華麗な即興を期待して聴くと戸惑う可能性がありますが、短い鍵盤フレーズ、人工的なビート、ターンテーブルの音が互いに役割を交換し、機械的な質感の中に人間らしい遊びを作っている点に注目すると作品の狙いが見えます。
1980年代の音色が苦手な人には好みが分かれる一方、ヒップホップ、エレクトロ、ブレイクダンス文化からハンコックに興味を持った人には最適な入口であり、『Head Hunters』と続けて聴けば、約10年の間に電子楽器の使い方がどう変わったかも比較できます。
River: The Joni Letters
2007年の『River: The Joni Letters』は、ジョニ・ミッチェルの楽曲を題材にした作品であり、若い時代の革新性だけでなく、原曲の言葉や余白を尊重しながら新しい響きを引き出す成熟したハービー・ハンコックを聴けます。
ウェイン・ショーター、デイヴ・ホランド、ヴィニー・カリウタ、リオーネル・ルエケという演奏陣に加え、ノラ・ジョーンズ、ティナ・ターナー、コリーヌ・ベイリー・レイ、レナード・コーエン、ジョニ・ミッチェル本人などが参加し、歌と器楽が交互に現れます。
伴奏者が歌を埋め尽くすのではなく、ピアノの和音を必要な場所にだけ置き、ウェイン・ショーターのサックスにも語りすぎない余白を与えているため、派手な技巧よりも、音を置く位置と沈黙の長さに熟練した判断が表れています。
本作は2008年のグラミー賞で年間最優秀アルバムを受賞しており、ジャズを普段聴かないボーカル音楽のファンにも入りやすい一方、初期のピアノ中心の作品を求める場合は印象が異なるため、歌の解釈やアンサンブルの抑制を味わう作品として選ぶのが適切です。
名盤を時代別にたどると革新の流れが見える

ハービー・ハンコックの作品は一枚ごとの作風が大きく異なるため、代表作をばらばらに聴くだけでは、なぜアコースティックピアノからシンセサイザーへ進み、さらにヒップホップやポップスへ接近したのかが見えにくい場合があります。
年代順に並べると、過去のスタイルを捨てて別人のように変わったのではなく、旋律の明快さ、和音の色彩、演奏者同士の反応を重視する姿勢を保ちながら、時代ごとに最も刺激的なリズムと技術を選び直してきたことが理解できます。
全作品を順番に購入する必要はありませんが、1960年代、1970年代、1980年代以降という三つの区分を意識し、それぞれから一枚ずつ選ぶと、ジャズ史の変化とハンコック個人の探究を同時に追えます。
ブルーノート期
1962年の初リーダー作『Takin’ Off』から1960年代末までのブルーノート期は、ハードバップを出発点にしながら、モード、変拍子、自由な即興、独自の和声を取り入れ、作曲家としての輪郭を急速に形作った時期です。
マイルス・デイヴィスのバンドでロン・カーターやトニー・ウィリアムスと共演した経験もリーダー作品へ反映されており、決められたコードを正確に進むだけでなく、伴奏そのものを演奏中に変化させる柔軟なアンサンブルが育っています。
- 親しみやすい入口なら『Takin’ Off』
- 作曲の完成度なら『Maiden Voyage』
- 自由な即興なら『Empyrean Isles』
- 柔らかな管楽器なら『Speak Like a Child』
- 社会的な主題なら『The Prisoner』
この時期はアコースティックピアノの響きを最も素直に味わえるため、ジャズの基本的な編成が好きな人に向きますが、作品ごとに編成と作曲方法が異なるので、一枚だけでブルーノート期全体を判断しないことが大切です。
最初に『Maiden Voyage』を聴き、よりリズムの強い演奏を求めるなら『Empyrean Isles』へ、より温かな響きを求めるなら『Speak Like a Child』へ進むと、自分の好みを確かめながら無理なく範囲を広げられます。
エレクトリック期
1970年代前半から後半にかけては、エレクトリックピアノ、クラビネット、シンセサイザー、音響処理装置を積極的に導入し、長い集団即興を行うムワンディシ期から、強力なファンクの反復を中心とするヘッドハンターズ期へ移りました。
この変化を商業性だけで捉えると本質を見落としやすく、実際には複雑な即興を維持したまま聴衆が身体で反応できるリズムを導入し、電子楽器を装飾ではなく作曲と演奏の中心に置いた点が重要です。
| 作品 | 主な方向性 | 聴きどころ | 向いている人 |
|---|---|---|---|
| Mwandishi | 集団即興 | 変拍子と空間 | 実験音楽が好き |
| Crossings | 電子音響 | シンセの色彩 | 音響を重視する |
| Sextant | 宇宙的ファンク | 複雑な反復 | 刺激を求める |
| Head Hunters | ジャズファンク | 太いグルーヴ | 初心者にも適する |
| Thrust | 精密なファンク | リズム隊の連動 | 演奏を分析したい |
『Mwandishi』から『Sextant』を経て『Head Hunters』へ進む順番で聴くと、抽象的な音響空間の中からファンクの反復が徐々に強まり、実験性を失わずに聴衆との接点を作っていく過程を確認できます。
反対に、最初から難しい作品へ入る必要はないため、『Head Hunters』を気に入ってから『Thrust』へ進み、さらに複雑な音を求めた段階で『Sextant』や『Mwandishi』へ戻る逆向きの聴き方も有効です。
再解釈の時代
1980年代以降のハービー・ハンコックは、電子技術を追求する作品とアコースティックジャズへ回帰する作品を並行して発表し、一つのスタイルに固定されることを避けながら、過去と現在を往復する活動を続けました。
『Future Shock』ではターンテーブルや機械的なビートを導入する一方、『Quartet』やV.S.O.P.関連の演奏ではモダンジャズの語法を改めて磨き、『The New Standard』ではロックやポップスの楽曲を現代のスタンダードとして扱っています。
『River: The Joni Letters』ではジョニ・ミッチェルの作品を静かなジャズへ置き換えていますが、原曲を単にピアノ向けに編曲したのではなく、歌詞の感情、旋律の間、独特な和声を読み直し、参加者が新しい解釈を持ち寄れる余地を作っています。
この時代の作品を選ぶ際は、純粋なピアノ演奏を期待するのか、ボーカルとの共演を聴きたいのか、スタジオ技術を含む新しい音作りに関心があるのかを先に決めると、作風の広さに戸惑わず適切な一枚へたどり着けます。
初めて選ぶ一枚は好みから逆算する

名盤として高く評価されている作品であっても、自分が期待するリズム、楽器編成、音色と離れていれば、最初の再生で魅力をつかめないことがあるため、評価の高さだけで購入候補を決める方法は必ずしも適切ではありません。
ハービー・ハンコックの場合は特に作風の幅が広いため、ジャズの知識量ではなく、普段どのような音楽を聴き、音楽に落ち着き、刺激、踊りやすさ、演奏技術、歌のどれを求めるのかを基準にすると選びやすくなります。
入口となる一枚が自分に合えば、そこから同じ時期の作品、参加メンバーの関連作、異なる編成による同じ曲へ自然に関心が広がるので、最初から代表作をすべて理解しようとせず、一つの好みを起点にすることが大切です。
音の入口を決める
最初に決めたいのは、アコースティックピアノの自然な響きを聴きたいのか、電気楽器を使った太いグルーヴを楽しみたいのか、歌を含む親しみやすい作品から入りたいのかという大きな方向です。
ジャンル名だけでは実際の音を想像しにくいため、普段よく聴く音楽や、再生する場面を思い浮かべて候補を絞ると、名盤という評価と自分の感覚を結び付けやすくなります。
- 静かな夜なら『Maiden Voyage』
- 作業中なら『Speak Like a Child』
- 低音を楽しむなら『Head Hunters』
- 複雑なリズムなら『Thrust』
- 実験的な音なら『Mwandishi』
- ヒップホップ好きなら『Future Shock』
- 歌を重視するなら『River: The Joni Letters』
迷ったときは『Maiden Voyage』と『Head Hunters』の冒頭を続けて聴き、前者の空間的な和音と後者の反復的な低音のどちらに引かれるかを確かめるだけでも、次に選ぶべき時代をかなり絞れます。
どちらにも魅力を感じる場合は、その二枚を出発点にして間を埋めるように『Mwandishi』や『Sextant』へ進むと、アコースティックとエレクトリックが断絶した別路線ではないことも実感できます。
編成に注目する
ジャズアルバムの印象は作曲者だけで決まるものではなく、管楽器の人数、ベースがアコースティックか電気か、打楽器を加えるか、ボーカルを含むかによって大きく変わるため、参加メンバーと編成を見ることは有効な選択基準です。
ハービー・ハンコックは共演者の個性を抑えて自分だけを前面に出すのではなく、各奏者が反応しやすい楽曲と空間を用意するタイプなので、好きなサックス奏者、ドラマー、ベーシストを手掛かりに作品を選ぶ方法も楽しめます。
| 求める編成 | 候補 | 特徴 |
|---|---|---|
| ピアノ中心の五重奏 | Maiden Voyage | 旋律と即興の均衡 |
| 小編成の四重奏 | Empyrean Isles | 反応が見通しやすい |
| 管楽器の柔らかな層 | Speak Like a Child | 室内楽的な色彩 |
| 電気楽器のバンド | Head Hunters | 低音と打楽器が中心 |
| ボーカルを含む編成 | River: The Joni Letters | 歌と余白を重視 |
同じ鍵盤奏者の作品でも、トニー・ウィリアムスの柔軟なドラムとマイク・クラークの細分化されたファンクでは推進力が異なり、ロン・カーターのアコースティックベースとポール・ジャクソンの電気ベースでは曲の重心も変わります。
アルバムを気に入った後は、ハンコックだけでなく共演者の名前を記録し、その奏者が参加した別作品へ進むと、名盤を点として収集するのではなく、人間関係でつながった音楽として楽しめます。
聴きやすさを見極める
ジャズ初心者にとっての聴きやすさは、演奏が単純であることではなく、覚えやすい主題、一定のリズム、音色の親しみやすさなど、演奏の中で戻ってこられる目印があることを意味します。
『Head Hunters』には強いビート、『Maiden Voyage』には明確な情景、『Speak Like a Child』には歌うような旋律があるため、即興部分で展開が複雑になっても、曲の中心を見失いにくいという利点があります。
一方、『Mwandishi』や『Sextant』は長い演奏の中で形が変わり、拍子や音響の境界も曖昧になるので、初回から構造を理解しようとすると疲れやすく、音の質感や緊張の変化を追う姿勢で聴くほうが楽しめます。
難しく感じた作品を自分に合わないと即断する必要はなく、先に親しみやすい作品でハンコックの和音やリズムに慣れ、数週間後に再挑戦すると、最初は散漫に聞こえた演奏から規則や会話が見つかることがあります。
聴き比べで名盤の魅力を深く味わう

一枚を再生して好きか嫌いかを決めるだけでも音楽は楽しめますが、ハービー・ハンコックの作品は、同じ曲の別演奏、異なる時期のリズム、アコースティック楽器と電子楽器の役割を比較すると理解が大きく深まります。
比較といっても専門用語を覚えて採点する必要はなく、前回と違って聞こえた場所、自然に身体が反応した場所、特定の楽器が入った瞬間を意識するだけで、受け身の流し聴きから演奏へ参加するような聴き方に変わります。
再生環境を高価な機材でそろえることより、曲を途中で切らずに聴く時間を作り、低音、リズム、旋律、空間という観点を一度に一つだけ選んで繰り返すほうが、各アルバムの違いを具体的に捉えられます。
同じ曲の変化を追う
ハービー・ハンコックは過去の曲を同じ形で保存するのではなく、編成や時代に合わせてリズム、テンポ、音色、曲の長さを変えるため、同じ曲の複数の録音を比較すると創作姿勢がよく表れます。
代表例の「Watermelon Man」は、初期の『Takin’ Off』では親しみやすいハードバップとして演奏され、『Head Hunters』では打楽器、声、電気ベース、シンセサイザーを生かした重いファンクへ作り直されています。
- Watermelon Manで編曲の変化を聴く
- Cantaloupe Islandで反復を追う
- Maiden Voyageで伴奏の違いを探す
- Dolphin Danceで和音を比べる
- Butterflyでテンポ感を味わう
比較するときはどちらが優れているかを決めるのではなく、旋律の何を残し、何を変更したのかを探すと、ハンコックが曲を固定された完成品ではなく、演奏者と時代によって意味が変わる素材として扱っていることが見えてきます。
スタジオ版を覚えた後にライブ版へ進むと、ソロの長さだけでなく、観客の反応を受けて反復を延ばす場面や、メンバー同士が合図を送りながら展開を変える瞬間も捉えやすくなります。
演奏の役割を聴く
ジャズを聴く際にピアノソロだけへ集中すると、ハービー・ハンコックが伴奏中に行っている細かな判断や、ベースとドラムが曲の方向を変える瞬間を見落としやすいため、再生するたびに一つの役割を選んで追う方法がおすすめです。
一回目は曲全体、二回目は低音、三回目はドラム、四回目は鍵盤の左手や伴奏という順番で聴くと、最初は一つの塊に聞こえた演奏が複数の会話に分かれ、音数の少ない場面にも意味があると気付けます。
| 注目する要素 | 聴き取るポイント | 適した作品 |
|---|---|---|
| ピアノ伴奏 | 和音を置く間隔 | Maiden Voyage |
| アコースティックベース | 拍を前後させる動き | Empyrean Isles |
| 電気ベース | 反復の微細な変化 | Head Hunters |
| ドラム | アクセントの移動 | Thrust |
| シンセサイザー | 音色と低音の役割 | Future Shock |
特に『Thrust』では、ベースとドラムが同じ型を機械的に繰り返しているようで、実際には音の長さ、休符、強弱を細かく変えているため、片方だけを追った後に両者の連動を聴くとグルーヴの複雑さを理解できます。
この聴き方は演奏経験がなくても実践でき、好きな場所の再生時間を記録して後から戻るだけでも、漠然と格好よいと感じた理由を自分の言葉で説明できるようになります。
再生環境を整える
ハービー・ハンコックの名盤を楽しむために高価なオーディオ機器は必須ではありませんが、1960年代のアコースティック録音と1970年代以降の低音が強い作品では確認したい要素が異なるため、環境に合わせた小さな工夫が役立ちます。
『Maiden Voyage』や『Speak Like a Child』では、ピアノの余韻、シンバルの細かな響き、管楽器の重なりがつぶれない程度の音量が適しており、過度に低音を強調する設定よりも各楽器の位置が見えるバランスを優先します。
『Head Hunters』や『Thrust』では電気ベースとバスドラムの関係が重要なので、小型スピーカーやスマートフォンだけで軽く聞こえる場合は、密閉型ヘッドホンを使うか、低音補正を上げすぎない範囲で調整すると曲の重心が伝わります。
アナログ盤、CD、配信のどれが絶対に優れているとは限らず、版によってマスタリングや収録曲が異なる場合もあるため、音質へのこだわりで聴く機会を逃すより、まず利用しやすい形式で作品全体を知ることを優先するのが現実的です。
気に入った作品だけ別のマスターやレコードで買い直し、音の広がり、低音の量、ピアノの輪郭を比べる方法なら、機材や形式そのものを目的にせず、演奏をより深く味わうための選択として活用できます。
ハービー・ハンコックの名盤から自分の入口を見つけよう
最初の一枚として広く勧めやすいのは、アコースティックジャズの美しさと即興の刺激を両立した『Maiden Voyage』、またはファンクの強いリズムと電子鍵盤の魅力を直感的に味わえる『Head Hunters』であり、この二枚のどちらを好むかによって次の進路を決められます。
『Maiden Voyage』が気に入ったなら『Empyrean Isles』や『Speak Like a Child』へ進み、『Head Hunters』が気に入ったなら『Thrust』へ進むと、似た方向性を保ちながら作曲、編成、リズムの違いを無理なく味わえます。
さらに大胆な音を求める人には『Mwandishi』や『Sextant』、ヒップホップや電子音楽との接点を知りたい人には『Future Shock』、歌と抑制されたアンサンブルを楽しみたい人には『River: The Joni Letters』が適しています。
ハービー・ハンコックの魅力は一つの完成されたスタイルを守り続けたことではなく、過去の語法を身に付けたうえで、新しい楽器、リズム、共演者、聴衆との関係を受け入れ、そのたびに音楽の形を作り直してきた点にあります。
名盤という評価を正解として受け取るのではなく、気になった一枚を繰り返し聴き、好きな曲、共演者、音色を手掛かりに隣の作品へ進めば、膨大なディスコグラフィーは迷うための壁ではなく、自分だけの聴き方を発見できる豊かな地図になります。



